院長コラム

2014年3月17日 月曜日

院長コラム

こんにちは、はじめまして、米澤大地です。
コラムをはじめました今日は私の自己紹介と、歯科医としての歩みと哲学(すこし大げさですが)に触れてみたいと思います。   

 昭和45年6月2日生まれ、戌年のふたご座、A型です。確か、団塊ジュニアの人口のピークは私の一学年下です。ちなみに私は大学一浪なのでピークです。男兄弟三人の末っ子、末っ子といえば可愛がられて育ったイメージですが、三人平等に厳しく育てていただいたことは両親に感謝しています。両親ともに恵まれた裕福な家庭であったわけではなく、苦労をして、日本を支えてきた団塊世代です。大手メーカーで電車製造一筋の父でした。 
 兄弟にしても、同級生にしても、何しろ人口が多く競争、競争。詰め込みの塾通いなどしてもらえる経済的余裕もない家庭でしたし、ある意味のびのびと育ってきましたが、ナンバーワンよりオンリーワン!なんて歌ってもらえる世代ではなかったですね。 神戸市の小中を卒業し、県立の長田高校を卒業しました。数学が苦手で現役のとき早稲田の政経にいけそうでしたが、両親に学費、仕送りが不可能と宣告され、あきらめて浪人させてもらいました。 
 親戚に自営業や医師などおらず、アドバイスをもらえる人もおらず、進路に悩みましたが私は独立できる業種に興味を持ちました。建築家にあこがれましたが、物理が嫌いでした。会計士か、弁護士も考え、岡山大学の法学部も受かっていましたが、歯科は斜陽産業と知りながら何か職人的なとこにに惹かれたんでしょうか、長崎大学の歯学部を受験しました。

 今、歯科医を選んだことをどう思うか、ともし聞かれたら、天職です。と迷わず答えます。
周りの人はおそらく米澤の趣味は歯だろうって言いますね。「花鳥風月みな料理なり」と言われる私の尊敬する近所の料理人の友人がいます。私も似た人生を送っているようです。ちなみにその方は最近ミシュランの星を獲得されていました。  

 神戸のある開業医で7年お世話になりました。厳しい先生でしたが、歯周病学、インプラント治療などを恵まれた環境で勉強させていただきました。ほぼ同時に矯正では矯正専門医の下間一洋先生に師事し、勉強させていただきました。下間先生は私たち一般歯科医にも矯正を教えていただける貴重な先生です。GP(一般歯科医)こそが総合力があり、努力すれば専門医をしのぐ矯正が出来るといっていただけます。一口腔全体を治療することが多く、咬み合わせ、咬合の知識の必要性を痛感したのが臨床三年目のとき内藤先生との出会いです。以後、東京のナソロジー学派という咬合学派の継承者の東京の丸山公一先生教えを請い、一週刊も泊り込みさせていただいたこともありました。
 その後人生の師である咬合の大家、本多正明先生と出会い今に至ります。師についてはまた後日のコラムで書くつもりです。

 勤務時代から、歯、歯、の毎日でした。現在、結婚して13年たちますが、平日は遅く週末はいない生活に文句ひとついわず妻は慣れてくれています。  8年前、西宮甲陽園に開業しました。勤務医のときから私の進む方向性は軸ぶれがないつもりでいました。何のことかと申しますと、どのような診療スタイルで、どのレベルの治療をするのか、歯科医の考えによってまちまちであるということです。資産も、人脈もなく、腕ひとつを信じて開業という大事に向かいましたが、師の本多正明先生は、開業前に診療所を尋ねていただき、「米澤、(方向性がぶれないためには)我慢が必要やど。」といってくださいました。苦しい開業時に多くの弟子たちが経営に専念する診療スタイルに変わっていったことを見てこられたのでしょう。 

 私は、大きな駅前開業も考えましたが、もしその気なら、どんどん宣伝費を投入して、患者さんをかき集め大もうけすることも可能だろうと考えてしまうことがイヤだったので選びませんでした。現在の開業地は住宅地なので、良くも悪くも患者さんは成功しようと失敗しようと、多くはご近所に住まわれており、よい評判も悪い評判も一緒に住まないといけないという覚悟の表れです。  
 今はインターネットの普及で、その傾向はますます顕著になっていると思います。よい仕事をしていい評判を得たい!と考えており、宣伝費をつぎ込んでよい評判を得たいとはやはり考えていません。時代の流れに逆行する氣はありませんが、自分の軸が触れないようにといつも思っています。

 私が携わっているのは医療であってビジネスではありません。しかし、ビジネスをおこなうメーカーなど企業がなければ私たちは存在しえません。そのバランスを欠く企業や、商品をいつも見抜かなければ、それに乗せられた歯科医と歯科医を信じるしかないその患者はともに不幸な目にあっていきます。メーカーもトップの考えひとつで方向転換し、危険な売り上げ倍をしていくこともあります。私たちは患者さんと一緒に年を重ね、自分のした仕事は一生守る責任をとる、という信念を絶えずわすれてはいけないと思っています。  こういう熱い話しは長くなるので、それでは次回、師と友について書いてみたいと思います。

投稿者 米澤歯科醫院